安部社中(創作舞)

野良舞人のブログです

4月30日と5月1日に揖宿神社さまにて創作舞を納めさせていただきました。

4月30日と5月1日に鹿児島県指宿の揖宿(いぶすき)神社さまにて、創作舞を納めさせていただきました。

火照命 舞龍

火照命 輝き燃える紅(あか)き炎の舞

龍神の舞 潮干珠

龍神の舞 潮満珠・潮干珠

舞龍(火龍と水龍) 直面

二刀剣舞も、納めさせていただきました。

 

今秋、揖宿神社さまにて創作舞を納めさせていただく予定です。稽古を重ねたいと思います。

4月23日(土)武蔵御嶽神社さまにて、創作舞「野火の難」を納めさせていただきました。

 4月23日(土)武蔵御嶽神社さまにて、創作舞「野火の難」を納めさせていただきました。

野火の難 天叢雲剣

野火の難 向火

野火の難 双剣

野火の難

動画です。

都牟刈大刀・天叢雲剣、ヤマトタケルが草を薙いで草那藝大刀・草薙劒と成る。

4月23日(土)13:00~武蔵御嶽神社にて、天叢雲剣を採物として、創作舞「野火の難」を奉納させていただきます。

野火の難

 八岐大蛇が酒に酔って眠った隙を見て、速須佐之男命は身に帯びた十拳の剣を抜きて、八岐大蛇をずだずだに斬り刻んだ。 ゆえに肥河の流れは血にかわった。 速須佐之男命が大蛇の中ほどの尾を斬った時、十拳之剣の刃がすこし欠けてしまった。 怪しいと思い、刀の切先で大蛇を刺し割ってみると、一振りの、都牟刈大刀(非常に鋭い大刀)があった。 速須佐之男命は大蛇の中から出てきた大刀を取り、不思議なものだと思い、天照大御神に事情を説明し、献上した。 これがすなわち、後世に云う草那藝大刀である。『古事記

日本略史 素戔嗚尊

 「ある書がいうに、元の名は天叢雲剣。大蛇の居る上に常に雲気(くも)が掛かっていたため、かく名づけたか。日本武皇子に至りて、名を改めて草薙劒と曰ふといふ」『日本書紀』神代紀上第八段本文の注。

 スサノオは「是神しき剣なり。吾何ぞ敢へて私に安けらむや(これは不思議で霊妙な剣だ。どうして自分の物にできようか)」と言って、高天原天照大神(アマテラス)に献上した。『日本書紀』第八段本文

 景行天皇の時代、天叢雲剣伊勢国のヤマトヒメから、東征へ向かうヤマトタケルに授けられた。 神剣を授けるにあたりヤマトヒメはヤマトタケルに言葉をかける。

草薙剣と共に火打石入りの袋を渡して「若(も)し急(にはか)なる事有らば、この嚢(ふくろ)の口と解(と)きたまへ」と詔る。『古事記

異伝では、「慎莫レ怠也(慎んで怠ることなかれ)」と訓戒した。『日本書紀』や『古語拾遺』 

 アマテラスはヤマトヒメに神懸りし、「さきのむまれ、そさのをのみことたりし時、出雲の国にて八またのをろちの尾のなかよりとりいでて、我にあたへしつるぎなり=この剣は、そなた(ヤマトタケル)が前世でスサノオであったとき、出雲国で八岐大蛇の尾よりとりだして、私に献上した剣です」と伝える。 『熱田神宮平安時代)記文』

 ヤマトタケルは自分のことを「我は卑しき氷川神(スサノオノミコト)」と言い、スサノオの生まれ変わりとしていた。『静岡浅間神社大歳御祖神社

……ということで、このあたりの流れを詠唱してみたいと思います。

悲しき征旅(せいりょ)~ヤマトタケル、野火の難。

 ヤマトタケル、イズモタケルを討ってからは、行くところ、敵みな討ち平(たい)らげて、倭(ヤマト)に帰りつき、オシロワケにその旨奏上した。

 しかるに、オシロワケ、ヤマトタケルの疲れもまだ癒えぬうち、ひきつづき討伐を命じた。

「東方の十二道、いまだに荒ぶる神、今に伏(ふく)さぬ者ども、いと多し。汝、行きて、これを鎮めよ」

 ヤマトタケル東への道を先ず伊勢に向け、大神宮に詣って神前に祈る。叔母倭比売命(ヤマトヒメノミコト)、大神宮の斎宮として、ここに仕え奉る。ヤマトタケル、ヤマトヒメに向って言う。

「父王はこのわれにとく死ねとおぼしめしか。さきに命じて、西方の賊どもを討ちに遣わし、われ帰来(きらい)してほどもなし。しかるに、はや今はまた、軍兵どもを賜わらずに、東方十二道の賊を討ち平らげよとは、こはいかに。つらつら思うに、これすなわち、このわれがとく死ねばよしとおぼしめされるに違いなし」

 悲しさ募って、はらはらと落涙すれば、ヤマトヒメ、慰めるに言葉もなく、せめてものはなむけに草薙剱(クサナギノタチ)と嚢(ふくろ)を授けて言う。

「危急のこと生じたらば、この袋の口を解きたまえ」

 ヤマトタケル、いよいよ出発、先ず尾張に行って、尾張国造の祖、美夜受比売(ミヤズヒメ)の家に泊った。ヤマトタケル、ミヤズヒメと契ろうとしたが、東方を平定してからの帰りの愉(たの)しみと思い直し、今は約束だけして、さらに東方へと向った。

 道中、山河の荒ぶる神々、朝命に伏さぬ夷(エビス)ども、みなこれを討ち平らげて、やがてのこと、のちの相武国(サガムノクニ)に至った。

 このとき、この地の夷の長(おさ)、恭順をよそおい、ヤマトタケルを狩に誘い出して、いつわって言う。

「この野原の中に、大沼あり、その大沼に住む神こそ、いと荒々しく恐ろしき神にござる」

 ヤマトタケル、その神を見とどけてくれようと思い、野原の中に分け入ったが、夷の長、これを見ますや、たちまち火を放った。

 火に追われ、炎まじかに迫った危急のとき、ヤマトタケル、ヤマトヒメより授かりし嚢をひらけば、その中に火打(ひうち)あり。ヤマトタケル、先ずは剱を抜き放って草を薙ぎはらい、さらに火打をもって刈ったる草に風下より火をつけた。これ野火止(のびどめ)の術にして、向火(むかいび)という。

 向火は風上より吹きつける火を吹き返し、野を焼きひろげて、ようようヤマトタケル、危急を脱すれば、ここにたちまち賊どもをみな斬り殺し、遂に火をつけて焼き捨てたるをもって、今にこの地を焼遣(ヤキヅ)という。

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野火の難

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草薙神社 由緒



4月29日~5月1日指宿舞旅参加者募集のお知らせ

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揖宿神社奉納舞

 4月29日~5月1日の日程で、指宿舞旅を開催いたします。私と一緒に舞いたい方、観覧・応援したい方は御参加ください。現地集合、現地解散となります。宿泊も御自身で手配をお願いいたします。音響(PA)、簡易照明、緋毛氈など舞に必要な基本資材は、私が自費で用意いたします。詳細はこれから決めてまいります。

 現在のところ、長崎鼻竜宮神社さまと揖宿神社さまでの舞奉納を予定しております。他にも、舞わせていただける場所があれば、納めさせていただきたいと思います。

 想い出に残る、楽しい旅になるかと思います。御参加お待ちしております。

■申し込みは → 安部社中(創作舞)

 または、私のSNSのメッセージより、お願いいたします。

 

 

 

3月5~6日、鹿児島県指宿で舞を納めてまいりました。

3月5~6日、鹿児島県指宿で舞を納めてまいりました。

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龍宮神社

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龍宮神社 牛頭天王と白龍

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龍宮神社 舞龍

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揖宿神社

 


定期的に指宿の地を訪れたいと思います。