安田靫彦さまの絵を見ながら、天之八衢について考えております。
■古事記より日子番能邇邇藝命將天降
爾日子番能邇邇藝命將天降時。居天之八衢而。上光高天原。下光葦原中國之神於是有。故爾天照大御神高木神之命以。詔天宇受賣神。汝者雖有手弱女人。與伊牟迦布神自伊至布以音面勝神。故専汝往將問者。吾御子為天降道。誰如此而居。故問賜之時。答白。僕者國神。名猨田毘古神也。所以出居者。聞天神御子天降座故。仕奉御前而。参向之侍。
さて、ひこのににぎの命さまが天降りなさろうとするときに、天から降る道の辻にいて、上は高天原を照らし、下は葦原中国を照らしている神がいました。
そこで、天照大御神と高木神の仰せによって、あめのうずめの神に命じて、「あなたはか弱い女であるが、向き合った神に対して、気おくれせず圧倒できる神です。だから、あなた一人で行ってその神に向って、『天つ神の御子の天降りする道に、そのように出ているのはだれですか』と尋ねなさい」と仰せになられました。
それであめのうずめの神が問いただされたとき、その神が答えて申すに、「私は国つ神で、名はさるたびこの神と申します。私がここに出ているわけは、天つ神の御子が天降っておいでになる、と開きましたので、ご先導の役にお仕えいたそうと思って、お迎えに参っております」と申し上げました。
過去記事です。
其鼻長七咫、背長七尺餘、當言七尋、且口尻明耀、眼如八咫鏡而赩然似赤酸醤也
その神の鼻長は七咫(あた)、背長は七尺、目が八咫鏡のように、また、ほおずきのように照り輝いている。※赤い酸醤(かがち)=ほおずき
「赤いほおずきのような眼」と言えば、やまたのおろちと同じです。
彼目如赤加賀智而。身一有八頭八尾。亦其身生蘿及檜榲。其長度谿八谷峽八尾而。見其腹者。悉常血爛也。
その目は丹波酸漿(ほおずき)のように真っ赤で、身体ひとつに頭が八つ、尾が八つあります。またその身体には、苔(こけ)だの檜(ひのき)・杉の類が生え、その長さは谷(たに)八つ、峰(みね)八つをわたつて、その腹を見れば、いつも血ちが垂れて
爛ただれております。
■日本書紀巻第一 神代上 八岐大蛇
至期果有大蛇、頭尾各有八岐、眼如赤酸醤赤酸醤、此云阿箇箇鵝知、松柏生於背上而蔓延於八丘八谷之間。及至得酒、頭各一槽飲、醉而睡。
頭と尾はそれぞれ八つに分かれ、眼は赤酸醤(あかかがち)のようで、背中には松や柏が生え、八つの丘、八つの谷の間に延びていた
■八衢(やちまた)
道が八つに分岐している所。また、道がいくつにも分かれている辻。分かれ道が多くて迷いやすいことや、あれこれと考えて心が乱れることなどのたとえにもいう。
■天之八衢(あめのやちまた)
天上で、数多くの道が分かれる所。高天原から葦原(あしはら)の中つ国に下る道の途中にあったとされる。
天之八衢(やちまた)と八岐(やまた)、よく似ております。というより、古語では「やちまた=八衢・八岐(道が幾つにも分かれている所)」となっているようです。「衢」は岐(岐路)で同じ意味、「ちまたのかみ」も「衢の神/岐の神」と表記されています。記紀神話において、「ちまたのかみ」と呼ばれるのは、さるたひこ(衢神)・やまた(八岐)のおろち・ちまたのかみ(岐神)となるかと存じます。
いざなぎがいざなみの率いる鬼神に追い込まれて、ある境界で禊をして鬼神を払う力があると言われた杖を投げて鬼神を阻みました。鬼神を祓うその杖(剛卯杖)は桃の木でつくられ邪気を防ぎ、その来桃の杖をもち、鬼門の両側で守護するのが門神=岐神(境界の神)です。さるたひこの場合は、椿の木が桃の木と同じように鬼神を祓う力があるとされたという説があります。
杖から生まれた神であるつきたつふなとのかみと同性質を持っている「みちまたのかみ(道俣神)」は、いざなぎが禊を行うために衣を脱いだとき、袴から生まれました。ふなどのかみ、くなどのかみ(岐の神)、ちまたのかみ(巷の神)の一柱であり、疫病・災害などをもたらす悪神・悪霊が聚落に入るのを防ぐとされ、道祖神、塞の神(さえのかみ)とも呼ばれていました。
そして、八岐大蛇も、元々は境界に鎮座する「ちまたのかみ」であったのではないかと存じます。「八」という数字は、古代日本において記紀神話の中では聖数とされていました。例えば、八尋殿(やひろどの)、大八洲(おおやしま)、八衢(やちまた)、八咫烏(やたがらす)、八岐大蛇(やまたのおろち)、八百万神(やおよろずのかみ)など数が多いことを表すほかに神聖な数とみられていたようです。
話が錯綜してしまいましたが、八岐大蛇を「やちまたの境界の神」と考えてみると、さるたひこと役割が同じになるのではないかと存じます。
吉野裕子全集第5巻P118~119より
さきにわたしは、天孫を迎え出た猿田彦こそ伊勢大神であり、かつ蛇神であろうと推測したが、『日本書紀』によれば、その猿田彦は五十鈴川の川上に向かったということである。ここに「五十鈴川に祀られる神こそ伊勢大神の前身である」という古伝承を合わせると、
猿田彦=五十鈴川の神(『日本書紀』)
五十鈴川=竜蛇=伊勢大神(古伝承)
ということになり、猿田彦が蛇神で伊勢大神であろうという推測が、にわかに現実性を帯びて迫ってくるのである。
引用ここまで
他に、佐田彦=佐太大神=猿田彦=龍蛇神という説もあります。謎は深まる一方です。
10月の天之八衢が楽しみです。