指の表現・手の表現・足の表現

「踊るヒント 見るヒント 村尚也 演劇出版社出版事業部」より

ふつう舞踊で真っ直ぐ指を伸ばした場合、親指は掌中に折り込むか、または外側にピッタリとつけるかします。これは親指の持つ他の四指とは違った特殊性が、自己主張を表わす自我の指とされるからです。逆に言えば、荒事などの力強い表現の時は、指の間を開きますので、親指もはじめて自己主張をして外へ張り出す事ができます。80P

子供の頃に私達は、よく両親から人を指さしてはいけないと厳重に注意をされました。ところが舞踊では、これが思う存分にできました。六代目尾上菊五郎が按摩に教わった、という指先でものを見る、という芸談はあまりにも有名ですが、これも目線と指のさし示す線が一致する大前提があってこそ初めて可能な事。81P

雷を表す時に、中指と薬指の二本を折り曲げ、あとの三本だけを外に出す鬼手という表現を用います。これは指一本一本につけられた人間の憤怒や瞋恚などの意味のうち、鬼には慈悲と知恵の二本が足りないので、三本指になったと言います。82P

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大蛇 鬼手

いちがいに手といっても、肉体の一部である「手」ばかりではありません。舞踊の振り自体をも、私達は「手」と呼ぶ時があります。これは歌舞伎舞踊が物真似演技を中心として成り立っている事が、大きな理由の一つです。

舞踊の手はさまざまですが、まず前方をまっすぐに指す「さし手」があります。この場合、親骨を掌内に折り込むか、外側にぴったり付けるかして、残り四本の指を揃えて指しますが、人や物といった、具体的対象ではなく、「さし手」は、遠い処・向こう・昔……のように漠然としたものを示します。83P

わずかに掌を丸めて、額前に出しますと「かざし」になります。これも遠くのものや高いものを見るときに効果的に使われます。84P

踊りがうまい人でも足指が皆開いていては幻滅。特に親指と人さし指の間は軽くつけるようにします。86P

立ち役がまっすぐに立つ時……一束になると最近の人は踵と踵を付け、爪先の間を開いた形になりがちです。本来の一束は足と足の間、拳一つくらい開けて爪先をほぼまっすぐに揃えた形。ごく自然に立った形が望ましいのです。

役が強くなるに従い、開く足巾もだんだん大きくなります。この時は自然に爪先も外側を向きます。荒事では、立っている時でも足の親指を上に立たせ、体に緊張感を持たせる工夫をしています。88P